エウレカ徒然備忘録

時事報道への感想を中心に、ときにアニメDVDを使った英語学習法などを徒然書いています

超高層マンションはやはり不便

こんなことは、とうの昔に分かっていたことではありますが、「耐震技術の進歩」のお題目に踊らされTower Typeの超高層マンションを大枚はたいて購入するのは、やはり賢い選択ではないという思いを強めております。それにしても、今日の東京では、30階を超える超高層の建物が、事務所用、住居用を問わず、いたるところに建設されております。

摩天楼で名高いのは、New York、Chicago、はたまたLos Angelsなどの米国の主要都市ですが、地震のない欧州に目を転じると、London及びParisには、中心市街地でも超高層ビルはほとんど見かけません。欧州の主要都市の市街地には、確かに東京のような平屋住宅が残っていることはありませんが、比較的古いせいぜい日本橋三越本館や新宿伊勢丹程度の高さの建物を町並み保存の観点もあってか超高層には建て替えないで使い続けているのです。

超高層の建物のいやらしいところは、仮にその建物だけを一つ取り出してみての様式美が備わっていたとしても、周りの低層の建物とは通常調和しないこと、さらには周辺に大きな影をこしらえたり、強風を巻き起こしたりして迷惑をばらまく自分勝手とさえ言える自己主張の強さです。

しかし、そのような超高層住宅の上層階に居住して、素晴らしい眺望と日照権を満喫して優越感に浸る生活は、大きな危うさを伴ったものであることが今回の震災ではっきりしたことと思います。たとい耐震構造や免震構造で建物自体はびくともしなかったとしても、エレベーターが止まればそこで快適な生活は終わりです。運悪く故障して、復旧に何日もかかるようなことになれば、その間の不便さは震災後の不便な生活に拍車をかけることになります。

同じような文脈で、東電が進めていたオール電化住宅も、危険分散の見地からは誤った選択であったことが見えてきました。確かに、歳を取って瓦斯を使うのはしんどいし、火事を防止する見地からオール電化はお勧めだったのかもしれませんが、その便利さは「停電になれば何もできなくなる」という危険負担の上に成り立っているのです。停電になっても瓦斯と水が来ていればお湯を沸かし、調理ぐらいはできます。地震津波の直撃を受け、ライフラインは全てやられてしまえば同じことですが、それでも、合理化一辺倒ではなく、危険分散の見地は放棄してはならないと思うのです。

大金を支払って、地に足のつかない超高層住宅の高層階に住むことやボタン一つでなんでも電気が処理してくれるオール電化住宅に住むことに多少とも違和感や疑念を持たないというのは、地震大国に長く住みついてきた日本民族のDNAを喪失していると言われたとしても仕方がないのではないでしょうか。