エウレカ徒然備忘録

時事報道への感想を中心に、ときにアニメDVDを使った英語学習法などを徒然書いています

年金記録漏れ問題

この問題は、公務員、とりわけ社会保険庁のような不祥事続きの劣等官庁の公務員に対する不信感が強まっている風潮の中で、大きく取り上げられ、安倍政権の崩壊にも繋がりかねない重要課題になってきたのは理解できる。ただ、現行の年金制度は、度重なる改正とそれに伴う経過措置でこの上なく複雑なものになっており、そのような複雑な制度の運営を社会保険庁のような劣等官庁に任せておけば、この程度のことが起こると言うことは、果たして全く予想できない事だったのだろうか。そして、この問題がここまで公になってしまったきっかけは、何だったのかにむしろ興味が向いてしまう。おそらく、社会保険庁は臭いものにはふた式の対応で済ませようとしたはずだし、内部告発の線を疑ってみたくなる問題だ。

そもそも年金制度のような長期的な仕組みは、少なくとも百年位の将来の国家社会の在り様を見据えて設計されなければならない。しかし、全体が平均的に利口で器用なのが特徴の日本人に最も欠けていると思われる力の一つが、都市全体の設計や国家百年の計を立てると言ったことに不可欠な構想力である。この欠点を日本人は、傾向的に小利口さや器用さで補って、不備な制度を繕い繕い上手く回してしまうことができてしまう。

年金制度など、おそらくこの弥縫策に終始した感がある事例の典型ではなかろうか。例えば、厚生年金の平成6年改正で支給開始年齢を60歳から65歳に引き上げるに当たって、本来ならば「昭和16年4月1日生まれまでの者には60歳から支給し、4月2日生まれから65歳支給、以上。」とすれば制度は至って単純明快なところを、国民からの批判をかわすために20年間の経過措置を設けて、徐々に引き上げていく方式を採用している。要するに痛みを一気にではなく徐々に出し、かつ、不平等を感じる年代を分断化して、不満や批判が集中的に噴出するのを抑えているのだ。しかし、こう言うことを制度改正のたびに行っていればただでさえ複雑な年金制度は、訳が分からなくなって行くのは仕方がないことと言えなくはないか。

少子高齢化で「給付と負担」の均衡が困難な状況に立ち至って導入されたMacro Slideもまたしかりで、この制度を導入するに当たって、この仕組み自体何やら良く分からない制度であることの上に、導入当時の経済状況を勘案して、例外の例外とも言える物価スライド特例措置を実施中とはこれ一体何ぞやなのである。

かくのごとく面妖な公的年金制度と言う怪物を社会保険庁のような機関に丸投げにしておけば結果がどうなるかは、明らかだったのではないだろうか。大なり小なり間違いが必ず起きるような制度設計をしておいて、間違いが起きないような手当てをしなければ、間違いは起きるのだ。

では、今後間違いが起きないための対策とは何か。それは、間違いが起き得ないような単純明快な制度を再構築することだ。しかし、これは現行制度を破壊しない限りできないことなので、机上の空論、空想的理想論になりかねない。次善の策は、間違いが起きる制度を限りなく間違いが起き得ないような仕組みで運営することだ。例えば、社会保険庁において年間100件を超える重要な保険料支払い記載漏れや誤記が見つかった場合、記載漏れ、誤記発生当時の長官を懲役5年から10年の刑事罰に処することにすれば、どんなに複雑な制度になっても、記載漏れや誤記が起こる確率は低いものになるだろう。もっとも、こうなると相当の高給を払わない限り、社会保険庁長官のなり手がいなくなってしまう心配の方が大きくなるが...。

しかし、官公庁と公務員の責任が問われることのない現行の仕組みでは、劣等官庁からこの程度の不祥事はいくらでも出てくると考える方がむしろ素直な発想だと思うのだ。